2025年2月18日に一般社団法人さかなの会によって開催された「さかなビジネスEXPO」に参加してきました。以前浜にもお伺いした船橋のまき網漁師でブランド魚「瞬〆すずき」の産みの親大野和彦さんと再会しました。
その場で、彼の著書『漁魂──2020年東京五輪、「江戸前」が「EDOMAE」に変わる!』を購入させていただき、その後旅の道中で拝読させていただきました。
本書は、東京湾での漁業に人生をかけた男が、どのようにして現代の漁業の課題に立ち向かい、新たな価値を生み出していったのかを描いた、漁業界のリアルと希望を伝える一冊です。
漁業改革の第一線を突き進んだ大野さんが感じた当時の感覚は各浜の「出る杭漁師さんたち」にはぜひ読んでいただきたいので。
漁業の現実──「獲れなくなった海」との戦い

かつては豊かな漁場だった東京湾も、乱獲や環境変化の影響で年々魚が減少。かつて父や祖父の時代には当たり前だった豊漁は、もはや夢のような話になっていました。そんな中、大野さんは網元として漁を続けながらも、日々「このままでいいのか」という疑問を抱えていたといいます。
「魚が減った」と嘆くだけではなく、なぜ減ったのか、どうすれば回復できるのかを考える。その視点こそが彼の原動力になりました。自ら海に出て、データを取り、資源回復の道を探る。そんな姿勢が、後の改革への布石となっていきます。
漁業改善計画(FIP)への挑戦

大野さんが次に目を向けたのが、FIP(漁業改善プロジェクト)という世界基準の持続可能な漁業認証制度。東京湾の漁師たちと協力して、スズキ漁においてFIPの導入を目指しました。
しかしこの挑戦は、一筋縄ではいきませんでした。多くの漁師にとって、今まで通りのやり方を変えることは抵抗がありました。「なんでそんな面倒なことをやるんだ?」という反発もあり、仲間からの理解を得るのに苦労したといいます。
それでも彼は、一歩一歩着実に前に進みました。FIPによって漁の透明性を高め、資源を守りながら漁獲する仕組みを整えたことで、やがて漁協や市場関係者の評価も変わっていきます。
「瞬〆(しゅんじめ)」という革新

もうひとつの挑戦が、魚の品質を最大限に引き出す処理技術「瞬〆(しゅんじめ)」の開発です。従来の方法では、せっかくの江戸前の魚も新鮮さを維持できず、価格が安く買いたたかれることが少なくありませんでした。
大野さんは試行錯誤の末、漁獲直後に魚を神経締め・血抜き・冷却まで一気に処理する手法を確立。この技術により、魚は最高の鮮度で市場に届けられ、「江戸前スズキ」としてブランド化にも成功しました。
「良い魚をきちんと扱えば、正当に評価される」。そんな信念が、漁師の仕事そのものの価値を見直すきっかけとなりました。
江戸前からEDOMAEへ──東京五輪への想い

本書の大きなテーマのひとつが、「東京五輪で江戸前の魚を世界に届けたい」という夢でした。これは単なる自己実現ではなく、漁師としての誇りを世界に伝え、後世に続く海の未来を守りたいという願いでもありました。
実際に、彼の取り組みは多くのメディアや飲食業界に注目され、「EDOMAE」という新たなブランディングとして広がりを見せていきました。東京湾の魚が、もう一度世界に誇れる存在になったのです。
挫折と希望──それでも海を信じる

こうした道のりには、何度も挫折がありました。漁獲量の減少、仲間の反対、技術開発の困難、販路の不安定さ──それでも大野さんが立ち止まらなかったのは、「未来の漁師のために」という想いがあったからです。
『漁魂』には、時代に取り残されそうな漁業という産業にあって、いかにして持続可能な形で誇りと生きがいを取り戻すかという、強い問いと答えが込められています。
未来へのヒント

本書を読むと、「一人の漁師にここまでできるのか」と驚かされますが、その原動力は決して特別な才能ではなく、「あきらめない心」と「仲間を信じる力」でした。環境問題、食の安全、地域再生など、多くの社会課題に向き合う上でも、学びの多い一冊です。
漁業に興味がある方はもちろん、地方創生やサステナビリティに関心のある方にもぜひ手に取っていただきたい一冊です。『漁魂』には、どんな状況でも海を信じ、未来を切り開こうとする強さが詰まっています。